2010年09月30日

十日町小唄
作詞:永井白ビ 作曲:中山晋平

♪越後名物 数々あれど
  明石ちぢみに 雪の肌
 着たら放せぬ 味の良さ
 テモサッテモ ソジャナイカ テモ ソジャナイカ


♪娘ざかりを なじょして暮らす
  雪に埋れて 機仕事
 花の咲く間じゃ 小半年


♪窓にさらさら 粉雪の音
  聞いて眠れぬ 夜もすがら
 やるせないぞや 雪明かり


♪人が見たらば 横丁へよけて
  雪のトンネル 隠れ場所
 恋の抜け道 まわり道


♪雪が消えれば 越路の春は
  梅も桜も 皆開く
 わしが心の 花も咲く


♪屋根の雪なら 下ろしもさりょが
  恋の重荷を 何としょう
 私しゃ苦労が 増すばかり


♪玉の汗にも ちぢまぬ明石
  着れば透きます 雪の肌
 本場越後の 十日町


♪雪の夜がたり 囲炉裏に更けて
  帰しともない 人がある
 ままよ積もるなら 一二丈


♪汽車を止めるよな 吹雪の中も
  止めて止まらぬ 恋の道
 思いつめれば 一筋に ※


♪影は紫 夜明けの色の
  晴れりゃ輝く 銀世界
 雪に野山の厚化粧


♪雪の半年 閉ざした窓を
  開けりゃ浮き立つ 春の歌
 小鳥ばかりに 任さりょか


♪逢いはせなんだか 十日町橋で
  長さ六丁の 行き戻り
 恋か涼みか 夜を更かす


♪霜が早いか 越後の紅葉
  色も濃くなる 初めから
 思い染めたが 無理かいな


♪桐を育てりゃ 嫁入り箪笥
  植えて楽しむ 花ざかり
 娘ざかりも 直きに来る


♪山と山との 谷あいなれば
  月は遅う出て 早う落ちる
 踊り踊るなら 早うござれ


♪おいでましたか 谷街道を
  夏は若葉の 青あらし
 秋は紅葉の 綾にしき


♪月の小窓に 瞼の母を
  思い浮かべりゃ 雁の声
 夜機織る 娘は袖しぐれ


♪秋の眺めは 八箇の紅葉
  燃えて染めます 谷の水
 様の心の 色見たや




***** 私見 *****
父の実家である魚沼から近い十日町。(とはいっても山をいくつかこえなきゃなりませんけど)

この十日町小唄は昭和4年、明石ちぢみのコマーシャルソングとして作られた新民謡です。
同じ新潟でも海沿いと山沿いでは、まったく気候が違います。新潟ときくと豪雪地帯と思う方も多いかもしれませんが、それは山沿いなのです。
この民謡の生まれ故郷、十日町も山の中で豪雪地帯です。
その豪雪の雰囲気がよく出た歌詞が多いと思います。
音程を取るのが難しい曲ではありますが、なかなか情緒がありますね。

民謡には「おばこ」など娘さんを唄ったものが数多くありますが、この唄もその一つかと思います。
11月ごろ雪が降り始め、5月まで雪の残る新潟の山間部。そのほぼ半年に及ぶ雪の中での生活は、めぐり来る季節を楽しみにしていたのかもしれません。
【新潟の最新記事】
posted by 晃両 at 11:37| 埼玉 曇り| 新潟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月26日

吾野機織唄

♪わたしゃ 吾野の機屋の娘 思い(ハァ イッタン)
  思い一筋 恋の糸 トーカナンダイ

♪機が織れない 機神様よ どうか
  どうかこの手の あがるよに

♪待てど帰らぬお方と知りつ 今日も
  今日もくるくる 糸車

♪川の流れと 吾野の機は くめど
  くめど尽きせぬ 情がある

♪糸は千本 切れても継なぐ 切れた
  切れた情けは つながれぬ

♪泣いて心が 晴れますならば わしも
  わしも泣きたいことがある

♪泣いて暮らせば 月日も長い 唄で
  唄で暮らせば 夢のようだ



***** 私見 *****
吾野は埼玉県飯能市になるのかな??
埼玉の西部はその昔養蚕が盛んだった様です。おいらが子供の頃は桑畑も沢山あり、大きくなった桑の木に登って桑のみをほおばったこともありました。
養蚕があるのなら、もちろん絹織物もその周辺で作られていたことでしょうし、その機織の唄もあちこちにあります。

吾野機織唄はそのひとつ。
埼玉を代表する民謡歌手、小沢千月師が発掘したと聞いています。

機織ですから、女性の視点での歌詞が多く、そのほとんどがなんとも切ない感じがします。
posted by 晃両 at 15:30| 埼玉 雨| 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

宮津節

♪二度と行くまい丹後の宮津
  縞の財布が空になる 空になる (丹後の宮津でピンと出した)
☆行くまい を 行こまい とするところもあります。
☆最後の繰り返しは、以降の歌詞では省略します。

♪逢えて嬉しや別れのつらさ 逢えて別れが無けりやよい

♪二度行こまいとは昔の唄よ 二度も三度も寄りゃしゃんせ

♪天橋立日本一よ 文殊菩薩に知恵の餅

♪行こか戻ろか橋立なぎさ いとし宮津の灯がまねく

♪月が出ました 黒崎沖に 金波銀波が鼓打つ

♪月が出ました橋立沖に 金波銀波の与謝の海

♪縞の財布が思いの種で 二度行くまいとて三度来た

♪空の財布が思いの種で 二度行くまいとて三度来た

♪今日は帰ろと橋立見れば とまれとまれと啼く鴎

♪雨の降る灯は傘松下で 二人成相与謝の海

♪天橋立松青々と 汲んでみせたい磯清水

♪唄の宮津は入船出船 恋のかけ橋一文字

♪丹波日吉と若桜小浜 結ぶ線路はいつ通る

♪惚れてつまらぬ他国の人に 末は烏の泣き別れ

♪わしとお前は御蔵の米よ いつか世に出てままとなる

===== 字余り =====
♪京の金閣寺を 拝見なしたか ご覧(ろ)うじなしたか
  楠天井の 一枚板ではないか 萩の違い棚 南天床柱 名所名所

♪早野堪天さん 蓑着て笠着て鉄砲かたげて 火縄に火をつけ 猪撃ち御商売
  二十四が前厄 三十が命の終り 可愛い お軽さん すこぶる別嬪
  誠にきれいな若後家で 夫に別れて泣いた泣いた 可愛そ可愛そ

♪可愛いけりゃこそ 蛇の目傘の小骨の数ほど 通うた
  なぜに届かぬわしの胸 丹後の宮津でピンとだした 可愛そ可愛そ


===== 唄囃し =====
♪丹後縮緬 加賀の絹 仙台平やら南部縞 陸奥の米沢 いとこくら 丹後の宮津でピンと出した
♪丹後の縮緬加賀の絹 仙台平には南部縞 陸奥の米沢 江戸小倉 丹後の宮津でピンと出した




***** 私見 *****
なかなかに調子(テンポ)のいい唄です。
「丹後の宮津」とはどうも丹後にあった遊郭の店の名前のようです。
有名な唄囃「丹後縮緬 加賀の絹・・・」のくだりですが、着物の生地だと思うのです。(って当たり前ですな)
で、「糸こくら」とか「江戸 小倉(こくらではなく、おぐらと発音しているものもあるようです)」は色々な解釈がされているようです。というか、本当はどのように唄われていたのかがわからなくなっているのだと思います。
posted by 晃両 at 12:07| 埼玉 雨| 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

灘の酒造り祝い唄
作曲:遠藤実 作詞:星野哲郎

♪心清めて 柏手打って
臼の抜ける程 ついてついておくれ (ハア ドッコイ ドッコイ)
米が白けりゃ お酒もうまい
あとは親方さんのよ 腕次第 (ハア ドッコイ ドッコイ)
正月門にはな 松が立つよ
二月初午な 馬が立つよ (ハア ドッコイ ドッコイ)

♪向こう鉢巻 いなせな喉を
灘の娘が ちょいと来てのぞく
女入れない 酒蔵なれど
ほんに親方さんはよ 色男
三月節句はな ひなが立つよ
四月八日はな 釈迦が立つよ

♪祝儀袋を サラシに巻いて
戻る越路の 出稼ぎ峠
酒をみやげに 嫁ごも連れて
ほんに親方さんはよ うれしかろ
霜月畑のな 霜が立つよ
師走炬燵のな 足が立つよ

囃子
アラ鶴さん御門に 巣をかけりゃ
亀さん御庭で 舞い遊ぶ
ハア ドッコイ ドッコイ ドッコイナ



***** 私見 *****
酒つくりに関する民謡は種類も沢山あります。酒造りの工程ごとにその作業に合わせて唄われたそうです。
唄うことによって、作業時間を計ったり、数人での作業のタイミングを計ったり、工程の進み具合をみんなで共有したりといったことをしたそうです。

灘は酒造りとしても有名ですが、白鶴酒造のサイトでは、灘に伝わる酒つくりの唄は7種類だそうで、ここに「祝い唄」というのは載っていません。(保存会のサイトにもありませんでした)
ですので、この灘の酒造り祝い唄は、どうも新民謡のように思います。

新潟や秋田といった酒所にも多くの酒造りに関する唄があります。
酒屋唄やもとすり、米とぎなども酒造りに関する唄ですね。

この唄に祝い唄ですが…
祝い唄と言うだけあって、縁起の良い歌詞が並んでいます。
一番が1月と2月、二番が3月と4月…最後に11月と12月となっているので、途中の5月から10月に対する歌詞があるかと探したのですが…
今のところ見つけられませんでした(>_<)
もしご存知の方、教えていただきたいです。
posted by 晃両 at 10:34| 埼玉 雨| 兵庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

男なら(オーシャリ節)

♪男なら お槍担いで お中間となって 付いて行きたや下関
 国の大事と聞くからは 女ながらも武士の妻
  まさかの時には締め襷 神功皇后の雄々しき姿が 鑑じゃないかな
 オーシャリシャリ

♪女なら 京の祗園か長門の萩よ 目もと千両で鈴をはる
 と云うて国に事あらば 島田くずして若衆髷
  紋付袴に身をやつし 神功皇后のはちまき姿が 鑑じゃないかな
 オーシャリシャリ

♪男なら 三千世界の鳥を殺し 主と朝寝がしてみたい
 酔えば美人の膝枕 醒めりゃ天下を手で握り 咲かす長州桜花
  高杉晋作は男の男よ 傑いじゃないかな
 オーシャリシャリ


***** 私見 *****
幕末に唄われたもので、民謡にしては珍しい曲調と歌詞だと思います。作業唄などのように本当に庶民の生活から生まれた民謡というより、士気を鼓舞するような曲です。

3番の高杉晋作の歌詞は・・・あとから付け加えられた感じがしますね。
posted by 晃両 at 15:37| 埼玉 曇り| 山口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月11日

貝殻節
作詞:松本穣葉子

♪何の因果で 貝殻こぎなろうた カワイヤノカワイヤノ
  色は黒なる 身は痩せる
 ヤサホーエーヤ ホーエヤエー ヨイヤサノサッサ
 ヤンサーノエー ヨイヤサノサッサ

♪戻る船路は櫓櫂が勇む 愛し妻子が待つほどに
♪浜村沖から貝殻が招く 嬶〈かか〉よ飯〈まま〉炊け 出にゃならぬ
♪帆立貝なら帆立てて行こよ 私しゃあなたの身を立てる
♪押せよ押せ押せ港が見える 押せば港が近くなる
♪押せや押せ押せ二梃櫓で押せや 押せば港が近くなる
♪小さい時から貝殻漕ぎなろうた 今じゃ舵取りとも櫓とり
♪忘れられよか情もあつい あの娘浜村お湯育ち


***** 私見 *****
この貝殻、何の貝殻って、ホタテです。
貝殻節には色んな説があるようで、武士が漁師の娘に恋をして貝殻漕ぎになったとか・・・
今でも鳥取ではホタテが取れるのでしょうかね?明治の頃にはかなりの漁獲量だったようですけど。

漁師唄ですんで、作業唄です。ホタテをとるのは地引網のようなものだったそうで、この網を引くときの景気付けに唄われたのがこの貝殻節のようです。

で、最近では「元唄貝殻節」ってのがありますね。
歌詞にも出てくるんですが、浜村って場所がありますが、元々貝殻節はこの浜村だけではなく近隣の漁場ではよく歌われていたもののようです。そのため微妙に歌詞やメロディーの違う貝殻節が沢山あったものと思われます。
「エンヤトット」のリズムで唄うと漁師唄っぽくなると思うんですが・・・あまりそういう唄い方をする人、いないような気がするんですが?どっちかというとお座敷唄みたいと感じていました。
不思議に思っていたのですが・・・どうも吉永小百合さんの映画?ドラマ?舞台?かなにかが影響しているような気がします。
貝殻節で検索したら「夢千代日記」なる吉永小百合さんが演じた芸者さんがお座敷で唄い踊ったそうです。
そのせいかどうかは定かではありませんが、歌詞の割には勇ましさを感じる唄ではないというのがありますね。
posted by 晃両 at 13:35| 埼玉 曇り| 鳥取 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

日光山唄
作詞/作曲:金子嗣憧

♪はぁ 男体お山をよ 紅葉が飾りゃ
  馬子も小粋なよ はぁ 紅緒笠よ

♪はぁ 黄金造りのよ あの東照宮は
  国の宝のよ はぁ 守り神よ

♪はぁ 華厳大滝よ 花散るしぶき
  谷にゃとび交う はぁ 岩つばめよ


***** 私見 *****
日光って・・・山なんですね。
まぁ、竜頭の滝とか華厳の滝とかがあるので山なんですが。
日光は小学校6年生の修学旅行の地でありました。
修学旅行での思い出は曖昧ですが、好きな場所のひとつで、車の免許を取ってからは何度もドライブに行きましたっけ。

日光和楽とは違って、荘厳なイメージの唄です。
日光の名所、男体山、東照宮、華厳の滝が唄いこまれまさに日光を唄っていますね。
posted by 晃両 at 16:09| 埼玉 曇り| 栃木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩室甚句

♪おらがやぁ 若いとき
 弥彦詣りをしたればナァー(ハ ヨシタヤ ヨシタヤ)
 馴染〈なじょ〉が見つけて 寄りなれと言うたども
 嬶がいたれば 返事がならぬ(ハ ヨシタヤ ヨシタヤ)
☆「若いとき」の後に「カカと二人で」と昔は入ったようです

♪蝸牛(だいろ)やぁ 蝸牛 蝸牛 角出せ蝸牛 
 角を出さぬと 曽根の代官所へ 申し上げるが いか蝸牛

♪村のやぁ 子どもと 良寛様は
 日暮れ忘れて アノ かくれんぼ

♪石瀬やぁ 岩室 片町ゃ山だ
 前の濁り川 すっぽん 亀の子 どじょうが住む

♪石瀬やぁ 出てから 久保田の橋で
 雨も降らぬに アノ 袖しぼる

♪石瀬やぁ 岩室 樋曽(ひそ)三ヶ村
 中の岩室 アノ ままならぬ

♪おらがやぁ 若いとき 一筆啓上 しからばそののち
 ことしきさらりと ちんちょちんちょと書いたる文を
 嬶に読まれて あの手が下がる

♪お湯のやぁ 岩室 踊りに更けて
 月に浮かんだ あの弥彦山


***** 私見 *****
岩室温泉のお座敷唄です。
岩室は弥彦神社へ参詣する際の宿場であったそうです。
2番にある「だいろ」つまりカタツムリですが、これは農民のことだそうで、「つの」は年貢だとか。

お囃子の「ヨシタヤ」ですが・・・
「よぉしたなやぁ」という訛り言葉のようです。
標準語だと「よくやったなぁ」になるのかな?違うかも・・・
posted by 晃両 at 14:05| 埼玉 曇り| 新潟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

道南口説節

===== その1 =====

オイヤーアーサーエー

オイヤ 私やこの地の荒浜育ち
  声の悪いのは親ゆずりだよ
  節の悪いのは師匠ないゆえに
  ひとつ唄いましょはばかり乍ら

オイヤ 上で言うなら矢越の岬よ
  下で言うなら 恵山のお山
  昇り一里で 下りも一里
  恵山お山の 権現様よ

オイヤ 着いたところは湯の川村よ
  さても恐し鮫川ござる
  お前砂盛私や高盛よ
  ついに見えたよ 函館の街

今夜の泊まりは 新川茶屋でとまるサーエー


===== その2 =====

オイヤーアーサーエー
オイヤ 私しゃこの地の荒浜育ち
  声の悪いのは親譲りだよ
  節の悪いのは師匠ないゆえに
  一つ唄いましょはばかりながら

オイヤ 主と別れた山の上の茶屋で
 カモメ泣く泣く 臥牛のお山
 甲斐性ないゆえ弁天様に
 ふられふられて 函館立てば

オイヤ 着いたところが亀田の村で
 右にゆこうか左にゆこか
 ままよ七飯浜(なないはま) 久根別(くねべつ)すぎて
 行けば情けの上磯(かみいそ)ござる

オイヤ 登り一里で下りも一里
 浜に下がれば白神の村
 波は荒磯 荒谷をすぎて
 大沢渡って及部(おいべ)にかかりゃ
 ついに見えたよ 松前城下

今夜の泊まりは 城下の茶屋で泊まるサエ


===== その3 =====

オイヤーアーサーエー

オイヤ 上でゆうなら矢越の岬よ
 下でゆうなら恵山のお山
 登り一里で下りも一里
 恵山お山の 権現様よ

オイヤ わずか下れば 湯茶屋がござる
 草鞋腰に付け とどほけ通れば
 恋の根田内(ねたない) 情けの古武井(こぶい)
 思いかけたる あの尻手内(しりしない)

オイヤ 沖に見えるは
 ありゃ武井の島 武井の島には鮫穴ござる
 とろりとろりと 浜中通りゃ
 沖のカモメに 千鳥ヶ浜よ

オイヤ 戸井の岬を左にかわし
 汐の名を取って汐首の浜
 顔を隠して釜谷をすぎりゃ
 小安気もやく 皆谷地山(みなやじやま)よ

オイヤ 着いたところは湯ノ川村よ
 さても恐ろし鮫川ござる
 お前砂守 わしゃ高森よ
 ついに見えたよ 函館の街

今夜の泊まりは 新川茶屋で 泊まるサエー



===== 胆振・日高版だそうです =====
オイヤ 春の花見は静内桜
 夏は涼しい襟裳のキャンプ
 秋は日高の紅葉とキノコ
 冬はスキーの貫気別岳よ

オイヤ 着いた処が鵡川の町で
 広い田圃は黄金の波よ
 町は名物シシャモのスダレ
 スダレの中から道南口説

オイヤ 永遠に栄える紙の町通りゃ
 右に名高い樽前の山
 左大漁の太平洋ヨー
 僅か進めば湯の町ござる
☆参考HP:http://tomamin.co.jp/2002/tp021111.htm
posted by 晃両 at 13:34| 埼玉 曇り| 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

淀川三十石船舟唄

「おぉーい、舟が出るぞー。伏見の浜から、三十石船が出るぞー。」
♪(ヤレサー)伏見下れば 淀とはいやじゃ 
    いやな小橋を とも下げに(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)淀の川瀬の あの水車 
    (ヤレー)たれを待つやら くるくると(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)淀の上手の 千両の松は
    売らず買わずで 見て千両(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)八幡山から 山崎山へ 
    文を投げたが 届いたか(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)八幡山から 橋本見れば 
    赤い女が 手で招く(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ここは前島 お捨の墓 
    いとも淋しい 波の音(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ここは大塚 榎の茶屋 
    向こうは枚方 番所浦(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ここはどこじゃと 船頭衆に問えば 
    ここは枚方 鍵屋浦(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)鍵屋浦には 碇はいらぬ 
    三味や太鼓で 船止める(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ここは唐崎 八右衛門屋敷 
    腕によりかけ 押せ船頭(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ねぶたかどけど ねぶた目さませ 
    ここは五番の 変わり場所(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)いたら見てこい 大阪の城は 
    北は淀川 船が着く(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

♪(ヤレサー)ねぶたかどけど ねぶた目さませ 
    ここは大坂の 八軒家(ヤレサ ヨイヨイヨーイ)

「おーい、客の衆よ。大坂に着いたぞ。さぁ上がった上がった。大坂の土産にどっさりと岩おこしなと買うていにさらせ。」


***** 私見 *****
三十石舟というのは、京都の伏見から大阪八軒家(天満)までを行き来していたそうです。
この唄は、伏見を夜に出て、朝に大阪へ。その道中を唄った船頭唄です。船頭唄ですから、三味線はもちろん、尺八も太鼓もないのが本来のようです。

成世昌平さんのCDや唄では、途中途中に船頭さんがお客さんに向かって話すことや色んな風景を語りで入れられています。情景が浮かぶようです。
posted by 晃両 at 13:08| 埼玉 曇り| 大阪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする